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2018年5月 2日 (水)

桃源郷に住んで・・・その6

すっかりブログ更新滞っていますが・・・

インスタにも載せたけど

今やってる朝ドラの
「半分青い」見てたら
漫画アシスタントの話が出てきて。

もう10年以上!!
続きを書いていないまま放置の
私の、アシスタント時代のおはなし。

最後まで、とりあえず書き残しておきたいかな~と思いました。
せっかく(?)
変わった体験したからね。

桃源郷に住んで・・1~5は ←こちらをクリック



いま、先生はどうされているのかなぁ。
ネットで検索したら
3年前のテニスの錦織選手の事で取材記事が
載ってたのが、一番最近の情報なのかな・・?

100ページの読み切り、という事で
山籠もりしながら書き上げた「白蘭清風」っていう
オフセット印刷の作品が
数年前に、単行本になってるのを知りました。

        61npzpazqjl_sy498_bo1204203200_リンクここから

本当は、読み切りのはずだったけど
長編になってしまい。
結局未完のままなんですね。

大好きな
「七つのエルドラド」の続編も
先生は書かれるつもりで。
だから当時
私たちスタッフは、エリザベス朝の頃の年表作ったり
風俗習慣など、調べたり、たくさん本を読ませていただいたわけです。

でも
結局は「神山会」って新興宗教の巫女さんになられて。

創作活動って
なにか「おりてくる」のをキャッチする作業でも
あるのかな、と思うので。

違う方向に
いかれてしまったのだろうなぁ・・・と
思うんですよね。

ともあれ

この読み切りのお仕事が終わったとき

もう山籠もり生活は2か月くらいにはなってたと思うんだけど。

「アパートに帰ってよいですよ」との言葉。

もう地震は来ないから
帰ってよいのね~!と
喜々として、久しぶりのアパートに帰ってきました。

そしたら
大家さん(今は亡き、先生の叔母さん)から
「あんた、何かやったの?もう来なくていいと言ってるよ」
と。

「ええ~~?!」
そして、それきり
クビ。だったのでした。

あとで、思うと

そもそも、採用された時に
どんなに腕があっても
同じ方向を見れないスタッフは
使えないのです、と言われておりました。

地震のお告げ騒ぎがあったとき
私は、地震があっても無くても
仕事をしに来たのだから・・と残る決心をしましたけれど

気持ちは、たぶん
もうその時から、だんだん離れていたのは否めません。

赤い花を先生が白と言ったら
白だと思わないと、やれない世界だと
言われていたけれど
(まあ、昭和でしたし~!)

その時には赤だな、と思ったわけですね、私。

締め切り前というのは
仮眠はとれても、もう3日3晩徹夜・・とかなんですよね。

そうすると
「本音」が出ちゃうのね。

それで
何かやらかしちゃったのでしょうね~★

その後
しばらく山梨で仕事しながら自炊していましたが
実家の父が倒れたりして
神奈川に帰って
近所でパートしていました。

その時に
同じ職場の方が
「あんたの先生、巫女さんになっちゃったよ!」と
当時流行ってた写真週刊誌を
持ってきてくれたの。

それに
『巫女さんになっちゃった山○鈴美香センセイ』とかって
載ってた訳で。

辞めずに最後まで残ってた男性スタッフも
白装束姿で、一緒に写っていました。

でもね、その時。

あの時
私を切ってくださったのは
先生の愛だったんだな、と
私は思ったんです。

私は、生まれ育った時から根っからの「生長の家」で。
神山会のスタッフにはなれないですもの。
その事を、先生はご存知でしたからね。

今となっては
よくぞ、わざわざ山梨へのご縁を
いただけたものだなぁと
本当にありがたく思っています。

山籠もり経験なんて
そう簡単にできるものでもないし。

それこそ、「内弟子」経験だし
私は、結婚したら相手の両親と一緒に暮らしたいと
甘~く思っていましたから
同居のためには、本当に貴重なありがたい経験でしたね。

それに
当時のスタッフ仲間とは
もう何年も会ってないですが
それでもね。

わざわざ、塩山で出会って
一緒に自動車学校行ったり。

彼女がいなかったら、私は絶対車の免許
取らなかったと思うし。

行動的な子供3人を育て
4人の両親の老後・・のいま。
車が無かったら、困ることがたくさんありました。

何事も
必要必然ベスト!
いつも思っていますが

ほんと
無駄な経験は、何一つないのですね!

そして、やっぱり
「想いは叶う!」のよね。

強く「決めた」想い。
潜在意識まで届いた想い、というべきか?
どうせ叶わないよね、と奥底で思いながら、では
「叶わない」方の想い通り、叶わないけど。

「おもいはかなう」と信じてきたおかげで
本当に、いつも「おもいが叶って」います。
大きいも小さいもね。

でも
一番最初の、「想いが叶った」経験は
この「鈴美香先生のアシスタントになる!」でした。

「勝手に決めた」事だったけれど
そのために
美術学校にも進学して。

明確に
「行くと決めた」のは、高校3年の頃で
3年間音楽選択で、美術は取ってなかったんだけどね。

そんな事は目じゃなかったし。
決めた、んだからさ。

でも
親も、反対しないでくださった。
本当に、それは、ありがたい事でした。

自分で決めた事だったから
あ、私は「漫画家」は無理だな、って気づいたときも
やってみたからこそ
後悔もなく、スッパリと
軌道変更できたな、と思うのです。

だから
子供たちの進路にも
意見としては、何か言ったかもしれないけど
反対はしたことない。

自分の人生、自分で決めないとね。

長文、読んでくださって
ありがとうございました。

今日、明日は
韓国ドラマ「スイッチ」リアルタイム視聴(^^♪
大人のチャングンソク。

眠い目をこすりつつ、のお楽しみです~!

なので、UPするのは
終わってから・・・笑・・お休みなさ~い!



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