随分あいだが空いてしまいまして・・・。
なかなか 続きがかけませんでしたが。
約3年 スタッフをさせていただいていた 某マンガ家先生ですが
約2年は 仕事が無くて。
それでも 会社制になっていたので 私たち4人いたスタッフは
クビにもならずに 毎日アトリエに出勤し
毎日 決まった時間までは 点描でお城やお花を描いたり
デッサンしたり 時には 庭の水まき、くさむしり
時には 出始めのオアシス100で 年表を作ったり 資料作り。
色んな経験をさせていただきました。
でも 最後の方が ちょっと信じがたい 面白い経験でしたねー。
やっと 実際のまんがの仕事が始まったころ。
だんだん 神がかりみたいになってきた・・・というか。
もともと 火わたりをしたり 出来たみたいだし
スタッフのスケジュールの中でも
ESPカードを使って 透視の訓練やら
テレパシーの訓練やらもやってましたしね。
会社制度になってたのは 先生の父上が 工芸品の会社をされていたので
私たちは その マンガ部門って ことだったんだけど
親族会社で 親戚関係で やってる会社だったのですね。
あるとき 先生のご両親も先生もが
あるお寺の奥さんが 神がかりになるとかで
すっかり 信じてしまったのでした。
いろいろな 方がかかってきて 霊界の人と話したり
おつげで 多分 株で得したり助けられたりしたみたいなんですよね。
そこら辺の経緯は 私たちには よく解らないけど
まあ 当時年収1億とか だったので
そうすると いろいろな人に出会ったりするんですね。
そんな 関係で知り合った信用できる方からの紹介だったのだと思うのですけど。
石の研究をされてる方と知り合って
その方の関係から ラジウム温泉を作る、って話にはなっていたんだけど
その温泉の関係で そのお寺の裏山の土地を買ってたようで
その辺から 始まったのかなあ。
でも 信用できる人だと思ってた人が 詐欺師だったりして
訳わからない 世界だったですけどね~。
でも その詐欺師の人のお陰?で
長島さんやら 芸能界の大御所の方やらともお知り合いになったりね。
とにかく
お寺の裏山に ラジウム温泉を作りはじめていて
アトリエもそちらに引越すことになって。
その頃、そのお寺の 修験者のかたたちと一緒に
高野山に白装束で行ったりしたんですよね。
それが 社員旅行だったの!
でも 記憶がさだかではないんですよね。
なんだか 夢みてたみたいで。 高野山は覚えてるし
実際白装束も 家に残ってたんだけど
バスで えんえん 山道を登って行ったら 突然町が出現した!のは
よく覚えているんだけど
あと どこに泊まったのやら・・・?
行き帰りのバスしか 覚えてないんだよね。泊まらなかったのかな?
もしかして 車中泊だった?・・・そうかもしれない・・・。
そして
ある時 地震のおつげがあったんですよね。
それも 関東大震災級の 大地震。
で 東京は壊滅状態になる、と。
でも わたしたちには 復興の使命がある、って言うんですよね。
おつげでね、 その裏山は 護ってくださるんだって。
いやー、実際
大地震で 家族とかみんな死んでしまうならば
当時まだ 独身だった訳だし それなら 実家に帰りたいじゃないですか!
知らない土地で 生き残りたくないですよ、正直・・・
はじめは まさか~、って思っていたんだけど
あまりに 真剣に おっしゃられると
だんだん 本当かも?って 思うものなんですよね。
だって 当時 読みきりの仕事あったんだけど
この原稿だって 東京に渡して 地震で どうにかなったら困るから、って
イザというときには ヘリの手配をしておいて 地方へ避難しますって確約で 原稿渡したんですよ。
この話は やめたのちに 何年か経ってから
ある喫茶店で たまたま 某、別の出版社に勤めてる女性の編集者の方と知り合った時に 一時有名な話だったわよ!と 聞かされたのですけどね。
とにかく 社長命令で
私たちスタッフは アパートの部屋を 地震にそなえて片付け
窓には 戦時中みたいに ガムテープを放射状に張って
ガラス割れに備え
大きな家具は倒し、食料3ヶ月分を備蓄
大きなロウソクも買占め
アトリエのピアノも倒して
裏山に 一族スタッフ全員で 避難したのでした。
地震も来ないのにね。
でも その時は 台風が来ていて 豪雨だったし
富士山噴火説も唱えられている時で。
ムードは 満点でしたよ。
私は 避難するすこし前くらいだったかなあ
実家に電話したんですよね。
これこれ こういう事になってるから とにかく そちらでも気をつけて、と。
でも 父に 大丈夫だよと言われて。
だんだん 私は 地震は 来てもこなくても
とにかく 私は どこででも 仕事するために来てるのだから・・・って
少し 冷静に なって見ていた気はしますね。
というのも
私は 前にも書いたけど 両親が熱心な生長の家なんですね。
神さまのおつくりになった世界は すばらしい
不完全に見えるのは 五感で見てるからで
ホンモノの世界は 死も病も苦も無い 完全な世界である ってね。
まあ ひとことで言うのは むずかしいけど
で、その 生長の家の山梨の講習会が
ちょうど 地震が来る!っていわれてる その日だったか 前後二日くらいの日程であったんですよね。
で わたし その 講習会で 午前中司会することになってたんです。
司会者が ドタキャンする訳にはいかないじゃないですか!
父に そんな話もしたと思うんだけど
そしたら そういう時に わざわざ 講習会があるってことは
地震はきっと来ないよ、って言うんですよ。
それもね、毎年 甲府で行われるのに その年に限って
甲府の会場がとれなくて
河口湖の町営体育館かなんかだったんですよね。
富士山、噴火するかも?っていう時にね。
まあ、実際 地震は来なかったわけで
それが どういう事なのかは 私には わからないけれど
ともあれ
山ごもり先から 私は 先生に どうしても 司会を休む訳にはいかないから
河口湖まで もし 死んでもいいから 行かせてください!って 頼むわけですよ。
で、結局 絶対午前が終わったら すぐ帰ってきなさい、って事で
出していただいたんですね。
まあ、実際は 何事も無いわけだから 人は 笑うでしょうけど
こっちは 真剣に山にこもってるわけですからね~。
当時 生長の家の仲間だった方にも その地震の話はしていましたから
消防の方もいたし
航空関係の方もいたんで
のちに いい訓練になったよ、イザという時の見直しができたよ、とは
言っていただきましたけどね~。
でも その日は 本当に大型台風が接近していて
結局 午後には電車がみんな 止まってしまったんですよね。
講習会も早めに切り上げになって。
で、私はどうやって帰ったかというと
これが また不思議なんだけど
とにかく どこだかまで行くバスが 最後だと
峠が越せないから 通行止めになる直前のバスに乗れて
でも 塩山に帰る私は 大月で降りたんですね。ひとり。
豪雨で 店はみんな閉まってて 誰ひとり 歩いてないし
駅はどこだか分からないの。
どうしよう?と 途方にくれているところに
男の人が家から出てきたので
駅はどこですか?って聞いたら 駅まで乗せて行ってあげるって言うのですよ。
普段だったら もちろん 知らない人の車になんて 絶対乗りませんけど
こんな豪雨の中 訳もなく 車出しに来ないだろうと思うし
もう どうしようも無かったんで 乗せていただいたんです。
そしたらね、電車は止まってるっていうの。
で、どこまで?っていうから 塩山に帰るって言って・・
経緯は忘れたけど
なんと そのおじさん 私たちが避難してるお寺の信者さんだったんです。
で、結局 お寺の裏山まで 送ってくださったわけなのです。
帰ったら 仲間のスタッフは 私が死んじゃうって泣いてるし
でも そこに のほほーんと 帰っていって。
一週間した頃かなあ、先生が 山を下りたかったら
降りてもいいです、っておっしゃるのよ。
私ともう一人 同じ神奈川の近所から 偶然一緒だった彼女と二人。
もう一人先輩の女性がいたんだけど
山にこもるって騒動になる前に やめて実家に帰ったので
当時 山にいたスタッフは あと男性ひとりの三人。
実家 が近所の彼女とは もうやめてもいいから とにかく実家に帰りたい!って言っていたから
その 先生の話は 渡りに船・・・だったんだけど
私は これは 人生の岐路だな、と思ったのね。
山を降りたら 即クビだな、って判ってた。
家には帰りたかったけど
私は きっともう地震は来ないだろう、って予感があったし
この先に 100ページの読みきりの仕事があったの。
で 私は仕事が無い時にやとってもらったスタッフだし
私は 仕事をしに来たわけだからね。
で、一晩悩んだんだけど さすがの先生だって
いきなりスタッフが 二人もやめたら 大変だろうと思ったので・・・
私は残る、って決断をしました。
年下の先輩だった 同郷の彼女は 翌日山を降り
そのままクビ。
それから 私のやまごもり生活が はじまりました。
親族一同で バンガローみたいな山小屋3棟だったかなあ、4棟あったかな
始めは台所なんて無くて
毎日 備蓄したカップラーメンを三度三度食べましたね。
下界は 普通の生活 送ってるんだけどね。
山にこもり始めたときは 夏休み中だったんだけど
じきに 新学期が始まって。
先生の甥っ子や姪っ子にあたる子供達が 数名いたので
学校では ちょっと問題になってたみたい。
でも はじめの1ヶ月くらいは 学校にも行かずに 山にこもってましたよ。
そのうち 山から通うようになったみたいだけどね。
私の車も 山の途中に置いてあったので
警察が尋ねてきたりもしましたし。
神奈川ナンバーだったから 余計にね。
摩訶不思議な山ごもり生活は まだ続く・・・
眠くなってきたし 寒くなってきちゃったから 続きは また今度ね。
(つづく)
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